東京高等裁判所 昭和45年(う)1154号 判決 1971年2月16日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人小林健治、同関藤次各提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する検察官の答弁は検察官山梨一郎の答弁書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
小林弁護人の控訴趣意の第一及び関弁護人の控訴趣意の三について。≪省略≫
小林弁護人の控訴趣意の第二及び関弁護人の控訴趣意の一、二について。
各所論は、要するに、原判決は、被告人は往住光訓から同人所有の原判示原野の売却斡旋方の依頼を受け、便宜、右土地につき被告人の所有名義に移転登記をし、これを往住のために占有していたと認定判示しているが、右判示は難解で不明であるが、これは往住から「一時便宜上、被告人名儀にしておいて、それから売ってくれ」と頼まれた、即ち通謀虚偽表示による所有権の移転登記、いわゆる仮装売買がなされたものと認定判示したものと解する外はないと思われる。しかし、本件においては、往住と被告人間に右の如き仮装の所有権移転の合意があったことを認めるに足る証拠は全く存在しない。往住は原審証人として被告人に売ってくれといって、原判示書類を渡しただけで、名儀を変えてよいとか、担保に入れてよいとか被告人にいったことはないと供述しており、≪証拠省略≫にも同趣旨の記載がある。これらの証拠からすれば、被告人は往住の意に反し勝手に自己名儀に所有権移転登記をしたものと認定せざるを得ない。然らば、原判決は虚無の証拠により事実を認定した違法がある。更に右証拠によれば、被告人は売却方斡旋を依頼せられ、売却する際に使用するものとして渡された白紙委任状等の書類を不正に利用して自己が買った如く装い、即ち往住の右白紙委任状等を利用して不正に自己名儀に登記をしたものと認めざるを得ない。この様に、委託関係に基ずかないで自己各儀に所有権の移転登記をした場合には、右移転登記は法律上無効であり、横領罪の構成要件である「他人の物を占有」したことにはならないから、私文書偽造行使、公正証書原本不実記載等の罪が成立することのあるは格別として、横領罪は成立しないのである。それ故、本件につき横領罪の成立を認めた原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認とこれに基く法令解釈適用を誤った違法があるというに帰する。
よって、按ずるに、原判決が証拠として掲げる被告人の昭和四四年六月二八日付供述調書中には、「私と往住との間柄は本件当時は親密な間柄であり、私の方から往住のお宅に行ったり、往住が東京から勝田に来たりして、月に少なくとも二回は顔を合わせていた。私が最初に往住からこの問題の土地についての話を聞いたのは、昭和四一年五月頃であった。その時の話の内容は、「実は小田切から代物弁済を受けたのだが、その土地は市村四郎名儀になっており、また銀行に担保に入れたままになっているので、市村から、今のままでは利息を払い続けなければならないから、早く担保を抜いてくれといわれて、困っている。早くこの土地を売って処分したいと思っている。」というようなことだったと記憶している。往住からその話を聞いた時、私は、往住と私とのこれまでの関係もあるので、同人のため誰か買手を世話してやろうという気になった。その土地には、一五〇万円の根抵当権がついていたし、この土地は周囲の土地よりも抵くなった土地なので、なかなか買手を見つけることは難しいと思っていた。その土地の話は、何回か私と往住との間で話題になった様に思うが、その折には、往住に対し「なんとか買手を探すよう努力するから、必要な書類を用意しておいて下さい。」といっておいた。この様なわけで、私と往住との間には、私が往住のために、その土地の買手を探し、その土地を処分してやるという話が出来ていたが、私は土地の買手を探す際、手許に権利証等の書類があれば、買手の方でも私の話を信用し、交渉もスムーズに行くと思ったので、往住の所に行って、権利証等の書類を受取る気になった。この時は、まだ買ってくれる相手の当もなく、また前述のように簡単に買手が見つかるとは思っていなかったのであるが、登記済権利証、白紙委任状、往住の印鑑証明書など、登記に必要な書類があれば、万一買手が見つかった場合に、往住と電話で連絡をつけるだけで用が足り、わざわざ往住にこちらまで来て貰う必要がないと思っていたし、また直ぐに買手が見つからなければ、その登記を一時私名儀に変えておこうという気になった。なぜ私名儀に所有権移転登記をしておくかというと、その土地を他に売却するにもその方が何かと好都合だし、また私名儀にしておけば、これを担保に入れて銀行から金を借りることができると思った。それで往住にそれらの書類を準備しておく様に頼んでおいた。私名儀に移転登記をする時に使った往住の印鑑証明が昭和四一年五月三〇日付であるということなので、その翌日か翌々日頃と思うが、私は往住の家に行って、権利証、印鑑証明書、白紙委任状を往住から預った。その時には、既に連絡してあるので、「あの土地の権利証等は揃っていますか。買手が見つかれば、あなたにわざわざ勝田まで出て来て貰うのは大変だから、登記に必要な登記済権利証等を預っておきます。買手が決り次第、連絡して登記しますから。」といった様に思う。私は往住にこの土地の所有権を私名儀に移すことは全く話していないので、同人の了承は得ていない。そのことを同人に話せば、同人に反対され権利証等を預かることが出来ないと思ったから話さなかった。しかし形だけ私名儀に移すだけで、買手が見つかり次第、その土地代金を往住の所に届けるつもりであった。私は最初から買手を見つけてやるつもりはないのに、うまいことをいって、右書類を受取ったのではない。買手を探してやるつもりであった。買手が見つからない場合には、登記が私名儀に移っていることを利用して銀行から私が使う金を借りようと考えていた。しかし、これは往住の承諾を得られる筈はないので、往住には無断で事をはこぶつもりであった。警察の係官には、権利証等を預り、勝田に戻って来てから、その土地を自分自身で欲しくなったので移転登記をしたと述べたが、それは誤りで今述べているのが本当である。土地を売ってやるという方の気持が強かったのであり、この土地を担保に入れて金を借りようという考えは、最初の間はそれ程はっきりしたものではなく、自分名儀にしておけば、その土地を担保に入れて金を借りることが出来るだろうといった程度のものであった。往住に無断で土地を担保に入れて金を借りる気になったのは、茨城相互銀行から有限会社明和石油名儀で金を借りる際に、その土地を担保に入れようという気になったのである。」旨の供述記載がある。これによれば、被告人は、当初は真実往住のために本件土地の売却の斡旋をするつもりであり、本件土地を自己名儀に移転登記をしたのは、単に形式だけのもので、買手を探しこれと交渉するにも何かと好都合であるから、もし買手が見つかり売却することが出来たら、買主に所有権移転登記をし、直ちにその代金を往住の許に届けるつもりであったこと、しかも本件土地は、そう簡単には買手は探せないと予期していたことが認められ、これらの事実に印鑑証明書の有効期間が三ヶ月であることをも併せ考えると、被告人が往住の了解は得ていないが、売買斡旋の便宜のため、形式だけ自己名儀にしておいたというのは、強ち、肯けないことではない。この様に、土地の売却斡旋の依頼を受けたものが、真実依頼の趣旨に添う意思で、売買交渉上の便宜のために、依頼主の了解を得ないまま、依頼主から預っている権利証、印鑑証明書、白紙委任状を利用し、形式上自己名儀に所有権移転登記をする場合は、所論のいう、依頼主との合意の下に行われる仮装売買とは異なることが明らかであるが、被告人において真実依頼主である往住のために、売却斡旋をする意志であり、もしその通り実行しておれば、往住のためにさしたる不利益も来たさないのみならず、却って同人の利益にもなると考えられるから、同人においても敢えて被告人が右措置に出でることに異議を述べなかったと推認されるのである。尤も原審証人往住は、被告人の名儀に所有権移転登記をすることは、明示的にも黙示的にも承諾はしていない、担保に入れることも承諾していないと証言していることは、所論のとおりであるけれども、これは同証人において、前述の如く昭和四四年三月一五日本件土地の登記簿謄本を取って見て、既に同四一年六月八日被告人名儀に所有権移転登記がなされ、更に同年四二年一〇月九日付で鈴木鉄五郎に、同四三年九月二日付で鈴木せちにと順次所有権移転登記がなされ、しかもその間に三個の根抵当権設定登記がなされたり抹消されたりしている事実を知り、即ち本件土地が被告人により勝手に処分されたことを前提として右の如き証言をしていると認められるのであって、被告人が右の如き勝手な処分をしないで、自己名儀にしておいたまま、真実往住のために買手を探し、買主に所有権移転登記をし、その代金を往住の許に届けていたならば、同人と雖も、敢えて、被告人の右措置に異議を述べなかったと推認されることは前述のとおりである。そして、被告人が当初においては、真実往住のため売却斡旋の意図であったことは、本件土地を自己名儀に所有権移転登記をした昭和四一年六月八日から同四二年三月二八日付で、本件土地につき、茨城相互銀行に対し有限会社明和石油のため根抵当を設定するまで約九ヶ月以上も自己名儀のままにしていた事実に徴してもこれを推認し得るところである。右の如く、いわば事務管理として自己名儀に所有権移転登記をした場合には、所論のいう仮装売買と同様に、被告人において、本件不動産を往住のため占有していたものと認めるのが相当である。原判決が「便宜、右土地につき被告人名儀に移転登記をし、これを往住のために占有していた」と認定判示したのは、以上と同趣旨に出でたものと解される。さすれば、被告人において、往住に無断で昭和四二年三月二八日原判示の如く有限会社明和石油のため根抵当権を設定した以上は、横領罪が成立することは明白であるといわねばならない。それ故、原判決には、所論の如き虚無の証拠により事実を認定した違法、事実誤認、これに基く法令解釈適用の誤りの違法等は存在しない。各論旨は理由がない。
よって、本件控訴は理由がないので刑訴法三九六条に従いこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 井波七郎 判事 足立勝義 丸山喜左エ門)